カテゴリー「自転車中年記」の3件の記事

2004.09.11

自転車中年記(3)

地図山サイ
MTBにまたがり、ダートを走る楽しみを知ったマッタ。ネットで見知った先輩サイクリストに刺激され、ますますエスカレート。もう誰にも止められない、2001年新春。

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2004.08.18

自転車中年記(2)

運動不足解消のため、ようやく習慣化したウォーキング。新たな刺激を求めて自転車へ触手を伸ばし、逆にその虜になったマッタの運命やいかに!?(おおげさな ^^;)

羽が生えたかと思った
前回のような成り行きでロードレーサにはじめてまたがりました。意外に高いサドルと前傾姿勢に戸惑ったものの、ペダルを漕ぎ出すとすーっとスピードが上がり、風を感じて自分が鳥のように飛んでいるような錯覚さえ覚えました。

こうなると嬉しくなってとりあえず、走ってみようと隣町の金沢市方向へハンドルを切り、普段クルマでは走ることの無い道幅のせまい旧街道をトレース。子供の頃病院にかかった時は、この旧街道をバスで金沢へ行ったものですが、通ったのはまさにその時以来。変わっていない街並みに感慨を覚えながら隣町にたどり着いたのは意外に早く、数十分後のことでした。

それからは、週末ごとに先の金沢へはもちろん、県境の峠、そして隣県の町などへどんどん距離を伸ばし出かけていくようになったのです。今からすれば大した距離ではありませんが、初めて自転車にのれるようになった幼い頃の「どこまでも自転車でいけそう」という思いを再び抱いたものでした。そして、地元のイベント、ツール・ド・のとに参加したりして、今から思えばおかしなもので、自信がついたのかいっぱしのサイクリスト気取りでした。

出会い、そして別れ
乗り始めた2000年の頃は、自転車を通じた友達もいなくて、一人さみしく淡々と走っているだけでした。しかし、ふだんの仕事で若干疲弊していた私の心にこの単独走は、自分を見つめるよい時間を与えてくれたと思えます。ただたった一人、この駆け出しの自転車乗りに声を掛け続けてくれた人がありました。それは、先の記事にも登場したサイクルショップの主、Tさんでした。

Tさんは、長年店を続けてこられてきましたが、高齢で病気がちであることに私も気になっていました。しかし、土日でも店を朝早くから開けていて、私が遊びにいくと休めていた身体を起こして出迎えてくれるので、遠慮もせずに今日は倶利伽羅へ一回も足を付かずに上がれた、富山(隣県)の~まで行って来た、などと子どもが親にそうするように無邪気に報告していました。その話を聞きながら嬉しそうにニコニコされていたTさんのことを昨日のように思い出します。

何度か遊びに行っているうちに、店には町の自転車屋さんでは見かけない工具が整頓されておいてあることにじきに気がつきます。聞けば、お若い頃はピスト競技のメカニックをされていた由。以前は週末ごとに朝から自転車乗りが集まって遠乗りに出かけられていたとのことでした。しかし、その頃には私以外には、スポーツサイクルを楽しむお客はあまりいないように見受けられ、正直さみしい思いを感じていました。

そして、独自に自転車関係の雑誌などを読み漁っているうちに、最新機材やMTBなどに興味が出てきて、Tさんの店では飽き足らず、同町のショップSさんや金沢のRさんへ顔を出すようになります。Tさんはその後体調を崩され、店を閉められたので(営業は関連する他店舗へ移管したようですが)疎遠になり、気になっていたところ、翌々年の春にTさんの訃報が届いたのでした。

山サイとの出会い
ロードレーサで山間部の県道などを走っていると、まだ舗装していない林道を見かけるようになります。森の中を走るえもいわれぬ快感を既に知ってしまった身でしたので、あの砂利道の向こうはどんなだろう?とMTBへ寄せる思いは日に日に強くなり、前述のTさんの所へ相談に行くと、MTBなんて重いだけロードのほうが楽しいよ、となかなか売ってくれません。(笑)今となってはまさにそのとおりなのですが、オフロードへ寄せる思いはなかなか静まりません。

とうとう、同じ町のショップSさんへ駆け込むことになったのです。時は10月、まさに次年の新車が発表されるところでした。興味を持ったのはMTBの元祖ARAYA。価格の割には上級グレードのパーツもついて、Sさんも太鼓判を押してくれました。さっそく、納期を確認してもらったのですが、早くてもクリスマス、おそらく正月明けとの回答を聞いて、ARAYAに未練はありましたが即刻他メーカのものを店先で検討し始めました。

山は次第に色づき、MTBで紅葉の中を走リたい気持ちに火をつけます。納期が早いのはGIANTの完成車。やはり、ブロックタイヤでは重くなるとのSさんからのアドバイスもあってスリックタイヤモデルのATX-850をチョイス。納期を確認して即発注。確か5日ほどで、お店に届いていました。たしか、2000年文化の日でした。

山サイ三昧

お友だちは地図
このモデルは、ロードとMTBのあいの子のような中途半端ともいえるものでしたが、私にとっては正解でした。スリックなので、オンロードで目当ての山地にアプローチ。そして、砂利道をちょっと遠慮がちに走って紅葉を満喫。こんな週末を毎週のように楽しんでいました。なかでも2万5千分の1の地形図を買ってきての道探しは非常に楽しく、雪が野山に積もりだす2001年正月まで熱中していたことを思い出します。(上の写真ではブレーキホースに地図が洗濯バサミで挟まれています。 ^^;)

そんな冬のある日には、1000峠制覇で有名な峠おやじ・ナワ~ルドさんに偶然、県境の天田峠周辺で出会ったりして、後々私の自転車生活に影響を及ぼす人たちとネットを通じて交流が始まることになったのです。(続き)

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2004.08.11

自転車中年記(1)

もうすぐ、アテネオリンピックが始まります。前回大会のシドニーからまる4年。シドニー大会の開会式を、ツールドのと初日を走り終え、今は廃線になってしまったのと鉄道「輪島駅」で見たことを思い出しました。疲れきったからだを駅のベンチに預け、廃止間近いうらぶれた駅構内の小さなテレビを見上げながら、初めて走った百数十キロをかみ締めていた、37歳の夏の終わりでした。あれから4年、ここらで一区切りの意味をこめて吾が自転車生活を振り返ってみようと思います。

2000年、始まりはいつも春
ある日突然、「自転車にのろう」と思い立ったわけではありません。乗り始める前の年あたりから、定期検診の結果が思わしくなく、各種指標が要注意値を示すようになったのがきっかけ。その頃は、毎晩仕事が終わって帰宅するのが22時過ぎ、午前様は週に2度はあったでしょう。おなかをすかしてかきこむ夕食は、自ずから量も多くなり体重どんどん増え72kg程度ありました。腹も出てきて身のこなしものろくなり、「ダイエット」という文字が次第に優先的課題として、認識せざるを得ない状況になってきました。まあ、よくある伏線ですね。

あるひとから、「夕食を抜くと良い」といわれ、その効果を目の当たりにしましたがとても、食欲を押さえることは出来ません。またある人からは、「朝5時におきてウォーキングしている」と聞き、意外に締まったからだを拝見して歩き出したりもしました。お陰で少し体重が減少しだしたのですが、あまり楽しくありません。夜中にテクテク歩くだけで、景色が変わらない。一人で歩いていても爽快感はあるもののやっぱり楽しくありません。次第に、ウォーキングでは飽き足らなくなって、走り出したりもしたのですが、体重のせいか膝が痛くなって断念せざるを得ませんでした。そんな折、以前からの仕事仲間であったH氏から頂いた1通の年賀状。レーサージャージで颯爽とマウンテンバイクにまたがる氏の写真と「今年も漕ぎ続けます!」の文字が脳裏に焼きついたのでした。

その後しばらくして、そのH氏が私の職場にたまたま現れました。その顔をみて「自転車にのってみたい」気持ちが一気に高まり、思わず職場の休憩室で早速相談を持ち掛けたのです。氏からの開口一番「マッタさんは、のめりこむタイプですか?」のひとこと。そう、結果的にのめりこんでしまったのですが、その頃の私にはそんなこと知る由も無かったのです。そして、走り方に応じた車種があること。機材にはグレードがありそれこそピンからキリまであること。ショップ選びが重要であること等などアドバイスを受け、何も知らない私はメモをとりながら、以前から漠然とのってみたかった「マウンテンバイク」に気持ちは固まりかけていました。

白いロードレーサ
2000年3月、まだ肌寒い時期でした。H氏の行きつけのショップへある週末出かけてみたのですが、あいにく閉まっていて、自宅からも遠いこともあり、やはりなじみの店でということで、私が子供の頃初めて自転車を買ってもらった近所の店へ行ってみました。先客の親子が子供用の自転車を品定め中。やさしく子どもに声をかけている年配の人が、店の主人そのひとでした。30年前のこの主人の記憶はありませんでしたが、奥さんはしっかり覚えています。ちょっと恐い感じの人でしたが何度もパンクの修理をしてもらっていて、その手際のよさはいまでも印象に残っています。

数十年ぶりに訪れたこの店は改築され、小奇麗なサイクルショップになっていました。お目当てのマウンテンバイクも壁に引っかかっています。早速スポーツとして自転車にのってみたい旨を店の主人に告げたところ、おもむろに2階に案内され、片隅にあった真っ白なロードレーサを見せてくれました。細いタイヤ、スマートなフレーム、MTBには未練がありましたが、今からはじめるならスピードがでるロードが良いとご主人が熱心にすすめてくれることもあって決めました。この白いロードレーサに。そして、数日後歩いてこの店に赴き、ご主人に見送られ、トゥークリップに戸惑いながらも初めてロードレーサにまたがったのでした。(続き)

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