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2006.11.12

ツール・ド・おきなわ2006

沖縄本島北部のヤンバル、高江山間部でレース中盤を迎え、ここまで身の程を知らない走りをしてきたせいか右ふくらはぎがつり出してきた。標高350mの普久川ダムへの激しい登りで、既にわれわれ市民80kmクラスの集団はバラバラにされ所在無く2,3人か、ひとり走りするかしかなかったが、市民200kmクラスのお兄さん達が突如上がってきて再びレースができるとわれわれは色めき立つ。

彼らはすでに150kmを走ってきた。いまさら、ずかずかと集団の中に上がりこむのは憚れる。後方で遠慮深げにしんがりを務めることにした。なんだか一昨日、美ら海水族館で見た巨大なジンベイザメに張り付く、コバンザメになったような気がした。

ツール・ド・おきなわ 市民80km 97位/完走174人 走行距離【80】km

今回の市民レースにはローマンツアーから200kmへsasakiさんとTさん、130kmへはI籐さんとN彦さん、80kmへはSさん、Bさん、chifさんと私、最後に50kmへはN部さんと前田さんの都合10名の参加だが、前田さんは前日の本島半周サイクで膝をいためてしまって残念ながらDNSとなった次第。残念でした。私の参加した80kmクラスのスタートは本島北部突端に近いギナマ。Sさんに調達してもらったタクシーで7:00にギナマに向け名護の宿舎を出発した。

曇りの予報であるが、青空が広がるレース日和。レース終盤に差し掛かる国道58号線は分離帯片側が封鎖される。その沿道を朝早くからほうきではいてくださる方を数多く見かけた。日本列島に近づいている低気圧の影響か、東シナ海は白波を立てて荒れている。われわれは主に南下するだけだから良いが、北上する他のクラスは辛いレースになっているであろう。8時過ぎには小さな漁港ギナマに到着した。

朝早いので少々肌寒い。風もあるのでアームウォーマをもって来るべきであった。程なくしてトラックが到着。バイクを託した名護からのトラックと思い込んでいたが、オクマからのそれであった。既にchifさんと私のバイクは目と鼻の先の柵に立てかけてあった。出走確認票を投函、バイクの最終チェックをする。しっかり目のポンプをもってきたが、この80kmのスタートには貧相なテントがひとつだけしつらえられていて、そこにシリカをはじめ、結構いいゲージ付きのポンプが準備してあった。7.5気圧をかけて沖縄に来てすっかりファンになったパンメーカ、トキコのアンパンをかじる。

今日のレースは内灘や丸岡のチャンピオンより距離があるし、消耗するであろうのぼりもふんだんにあるので、補給としてパワーバーのジェル×2、固形×1、カロリーメイト固形×2をポケットに入れた。結果的にジェル×2しか消費しなかったが、暑くてジェルしか口にできなかったこともある。スタート予定時刻は10:05。9:00前にはアップを開始した。

もう沖縄へ来れないかも知れないし、北のまだ見ぬヘド岬に向かって走り出す。まだ規制はかかっていないが、車はほとんど走っていない。向かい風の中じわじわ上げていきアップダウンでそれなりに踏んで心拍170までもっていってUターン。あとはスタート直後の様子を見に南下。いい具合に温まった約30分でアップは終了した。

召集はまだかと待っていると、交通規制を知らせる広報車が通過していった。当初、この漁港敷地からスタートするものと思い込んでいたが、同行のSさんから道路中央線に並んでいるコーンの南端がそれだと知らされた時にはもうすでに大半の参加者がスタートラインに向け走り去っていたのであった。300人近くが今回はエントリしている。前からは2/3ぐらいの位置付けだろうか。先は長いしじっくり番手を上げればよかろう。

そうこうするうちに200kmチャンピオンクラスを追跡しているヘリが接近してきた。程なくして10名近くのブレークアウェイが通過。5分近く間を空けてチャンピオンのプロトンが通過していく。そのたびに指笛が鳴り、気合の入った声援がかかる。なかなかいいもんだ。ジュニア国際、市民200kmの先頭が通過したところで突然湿気た号砲が「ぷしゅ~」と鳴り、わらわらとわれわれ市民80kmクラスがスタートした。

いっせいに道一杯に広がって、われわれは遠慮なくレースを開始した。序盤は海沿い平地、追い風なのでぐんぐんスピードは上がる。レース慣れしていない人もいるようで不用意なブレーキがかかったりして危険な香りがしてきた。早々に集団先頭近くに行きたいものである。スタートの位置付けで遅れたchifさんも上がってきて、一緒に番手を稼ぐ。そして、勢い余って先頭を引いたりするうちに本日の最高点普久川ダムに向かう与那の登りに差し掛かった。

島んちゅたちはのぼりに強い。勾配は10%無いと思われるが私はペースが落ちた。chifさんも強くて私をパスしていく。しかし、まだまだへこたれないぞとダンシングでスピードアップして喰らいつく。前方に130kmクラスに参加のMS97のコナさん発見。激を入れさせてもらいつつ、自分にも気合を入れる。今、声を掛けた手前早々にへこたれるわけにも行かず必死に漕ぎつづけた。この登りはまだまだ長かった。

地元のレーサに引いてもらいながら何とかピークをクリア。しばらくすると山岳ポイントがあってオレには関係ないやとギアを入れ替えると突然、補給の係りの人たちが出現。80kmクラスの補給はずーっと先のゲサシだけだと思い込んでいてボトルを温存しすぎてしまった。半分近く入ったCCDのボトルを路肩に捨てて、さらのスポーツドリンクの入った「スポーツ」調達、くだりに突入する。スピードはぐんぐん上がって70km/h超も何度かあった。ふだん、追い込んだくだりの練習はしていない。しかし、丸岡のような急なカーブや砂の浮いた危険なコーナは少ないので私にしては思いっきりいけたと思う。

この頃から、冒頭のような他クラスのレーサも目立つようになってきた。ローマンジャージの200kmのsasakiさんも集団を従えて上がってきた。コバンザメにも意地がある。脱落しかけたメンバーをアシストしたり、追走のスピードアップに荷担したり。コバンザメなりの働きはできたのではなかろうか。ルール違反だけどね。しかし、概して200kmクラスのレーサの力強い走りが目立つ。ジュニア国際の若者達は当然だけど、この力の違いはなんなのかそう感じながらゴールまで過ごすことにもなった。ロードレースは距離とスピードはトレードオフでは無い。両方なのだ。

ヤンバルの山間部をようやくやっつけるとやがて海岸線に出る。小さな集落をするたびにお年寄りから小さな子どもまで応援してくれる。下りで勢いがついているときなど、「はや~い」なんていってもらってついつい踏みすぎて次ののぼりでヒーヒー言うことも何度かあった。

与那や高江の登り以降は100m前後のアップダウンであるが、次第に消耗してきてツーリングモードになりかける。心拍ももう170には上がらなくて160前半がいいところだ。東京から来ている某ショップの応援団がかしましい。私にも応援してくれているのかと思ったら、後ろからそのジャージのレーサがぬっと現れた。

ケサジの補給ポイントで「スポーツ」と水をそれぞれもらう。しかし、源河への登りでもてあましてしまい。「スポーツ」は路肩へ。最後の関門を通過して完走が確定してホッとしたのもつかの間、これまでしがみついていた各クラス混合集団ジンベイザメに50mほど遅れをとってしまった。

金沢で言えば、8号線バイパスのような片側を規制をかけてレースをしている。各交差点では、われわれの通過を待って車や歩行者を横断させている。もうレーサたちもバラバラになってしまってレースという風情でもないが、あとゴールまで10km近く。前を行くジンベイザメになんとか取り付きたい。ヒーヒーいいながらようやくあと5kmで取り付くことができた。この集団の中には同クラスはもうひとりいる。地元のレーサのようだ。あちらはこちらの存在に気づいていないようで、ゴール前でさすなどと姑息なことも頭によぎるがこれは卑怯だ。

ゴールまであと2km。ようやくさっきの追い込みから回復してきたところで、ジンベイザメの頭から飛び出しプチロングスプリントをかけた。もう後ろは見ずに突き進む。他クラスのレーサからは黙認されるか。あと1km、まだ泳がされているようだ。勢いに乗って、青ゼッケンをひとりパス。つった右足のふくらはぎは次第に痛みが増してきた。あと500mを過ぎてしばらくすると国際ジュニアや130の兄貴達が怒涛のごとく私を抜き去っていく。

案の定、この後ろについていたターゲットの同クラスの人が先行していく。私の足はもう終了、そしてゴールとなった。つった足をひきずりながら仲間の所へ。みんな出し切った充実感で満ち溢れている。同じ80kmではSさんに10分、Bさんとchifさんには約3分空けられた。Sさんは別格だけど、chifさんにはもうちょっと詰めたかった。60Kgをきったという絞られた肉体は伊達じゃなかったのね。

全レース、各種イベントもほぼ終わり、参加者交流の「ふれあいパーティ」が始まった。オリオンビールをあおりご馳走をパクつくけど、悔しい思いが沸々と湧いてきてやるかたない。午後3時を回った沖縄の日差しはずいぶんやさしくなってきた。悔しくも楽しかったツールドおきなわも終了。まだシクロクロスもあるけどもう心はシーズンオフ。トレーニングの抜本的な見直しをかけるか、もしくはこのままお気楽に行くか。言い訳にはしたく無いけど社会的、肉体的な制約も年々増してきている。趣味と割り切るか、趣味だからこそ力を入れるか。暮れゆく名護の夕陽を眺めながらそんなことばかり考えていた。

沖縄写真帳はこちら

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コメント

完走おめでとうございます。行きたかったなぁ…とつくづく反省しています。しかし、80kmを2時間37分58秒…ave30kmオーバーでしょ?大したものです。恐れ入りました…お疲れ様です。

投稿: Choko | 2006.11.17 17:34

TDO2006お疲れ様でした。

写真集を見るとしっかり観光もされたのですね。
八重岳や今帰仁城址にまで自転車で行かれた様子。
レースだけでなく沖縄を満喫していただけたようで何よりです。

写真の中の17_パーティではちょうどその頃写真の真ん中あたりに私がいたはずです。
時々振り返っていたので実は私の視野にmattaさんが入っていたのかもしれません。

写真の最後、「また来ます!」とありました。
お待ちしております。

投稿: な! | 2006.11.18 22:16

◆Chokoさん
随所で引いてもらった兄貴達のお陰です。「おきなわ」では神経質なレーサは皆無で終始和やかなムードが漂っていました。これは本州のレースに無い良さだと思います。しかし、コースは骨太で一筋縄では行きませんね。
◆な!さん
ご覧頂きありがとうございました。せっかくですもの、しっかり楽しませてもらいました。しかし、沖縄についてはまだまだ学ばなくてはならないことが多くあります。今回はその良いきっかけになったと思います。今度は八重岳ヒルクライムはやめておきたいと思います。(笑)

投稿: matta | 2006.11.18 22:39

完走おめでとうございます。
感動モノでした。
「趣味と割り切るか、趣味だからこそ力を入れるか」ってとこで、『男気』を感じました。素晴らしい!!

投稿: nasubi | 2006.11.20 17:35

◆nasubiさん
どうもありがとうございます。「おきなわ」は最高でした。近いうちに力をつけてリベンジしたいレースです。こんなのごちゃごちゃ書くひまあったら練習すればよいのですがね。

投稿: matta | 2006.11.20 20:30

えーじです。完走おめでとうございます。いつもながら読者を引き込むレポートですね~。「こんなのごちゃごちゃ書く...」何をおっしゃいますっ!これからもmattaさんのレポート、楽しみにしていますよっ。

投稿: えーじ | 2006.11.21 23:05

◆えーじさん
どうもどうもありがとうございます。えーじさんのように後に残るネタを書きたいと常々思ってはいるのですが、ままならないレースの鬱憤晴らし的なレポートばかり。自転車乗りにもそれぞれあって良いのですが、、、やっぱり速くなりたいもんです。

投稿: matta | 2006.11.22 22:15

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