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2004.08.11

自転車中年記(1)

もうすぐ、アテネオリンピックが始まります。前回大会のシドニーからまる4年。シドニー大会の開会式を、ツールドのと初日を走り終え、今は廃線になってしまったのと鉄道「輪島駅」で見たことを思い出しました。疲れきったからだを駅のベンチに預け、廃止間近いうらぶれた駅構内の小さなテレビを見上げながら、初めて走った百数十キロをかみ締めていた、37歳の夏の終わりでした。あれから4年、ここらで一区切りの意味をこめて吾が自転車生活を振り返ってみようと思います。

2000年、始まりはいつも春
ある日突然、「自転車にのろう」と思い立ったわけではありません。乗り始める前の年あたりから、定期検診の結果が思わしくなく、各種指標が要注意値を示すようになったのがきっかけ。その頃は、毎晩仕事が終わって帰宅するのが22時過ぎ、午前様は週に2度はあったでしょう。おなかをすかしてかきこむ夕食は、自ずから量も多くなり体重どんどん増え72kg程度ありました。腹も出てきて身のこなしものろくなり、「ダイエット」という文字が次第に優先的課題として、認識せざるを得ない状況になってきました。まあ、よくある伏線ですね。

あるひとから、「夕食を抜くと良い」といわれ、その効果を目の当たりにしましたがとても、食欲を押さえることは出来ません。またある人からは、「朝5時におきてウォーキングしている」と聞き、意外に締まったからだを拝見して歩き出したりもしました。お陰で少し体重が減少しだしたのですが、あまり楽しくありません。夜中にテクテク歩くだけで、景色が変わらない。一人で歩いていても爽快感はあるもののやっぱり楽しくありません。次第に、ウォーキングでは飽き足らなくなって、走り出したりもしたのですが、体重のせいか膝が痛くなって断念せざるを得ませんでした。そんな折、以前からの仕事仲間であったH氏から頂いた1通の年賀状。レーサージャージで颯爽とマウンテンバイクにまたがる氏の写真と「今年も漕ぎ続けます!」の文字が脳裏に焼きついたのでした。

その後しばらくして、そのH氏が私の職場にたまたま現れました。その顔をみて「自転車にのってみたい」気持ちが一気に高まり、思わず職場の休憩室で早速相談を持ち掛けたのです。氏からの開口一番「マッタさんは、のめりこむタイプですか?」のひとこと。そう、結果的にのめりこんでしまったのですが、その頃の私にはそんなこと知る由も無かったのです。そして、走り方に応じた車種があること。機材にはグレードがありそれこそピンからキリまであること。ショップ選びが重要であること等などアドバイスを受け、何も知らない私はメモをとりながら、以前から漠然とのってみたかった「マウンテンバイク」に気持ちは固まりかけていました。

白いロードレーサ
2000年3月、まだ肌寒い時期でした。H氏の行きつけのショップへある週末出かけてみたのですが、あいにく閉まっていて、自宅からも遠いこともあり、やはりなじみの店でということで、私が子供の頃初めて自転車を買ってもらった近所の店へ行ってみました。先客の親子が子供用の自転車を品定め中。やさしく子どもに声をかけている年配の人が、店の主人そのひとでした。30年前のこの主人の記憶はありませんでしたが、奥さんはしっかり覚えています。ちょっと恐い感じの人でしたが何度もパンクの修理をしてもらっていて、その手際のよさはいまでも印象に残っています。

数十年ぶりに訪れたこの店は改築され、小奇麗なサイクルショップになっていました。お目当てのマウンテンバイクも壁に引っかかっています。早速スポーツとして自転車にのってみたい旨を店の主人に告げたところ、おもむろに2階に案内され、片隅にあった真っ白なロードレーサを見せてくれました。細いタイヤ、スマートなフレーム、MTBには未練がありましたが、今からはじめるならスピードがでるロードが良いとご主人が熱心にすすめてくれることもあって決めました。この白いロードレーサに。そして、数日後歩いてこの店に赴き、ご主人に見送られ、トゥークリップに戸惑いながらも初めてロードレーサにまたがったのでした。(続き)

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